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日本一高いビル 東京駅前に建設へ

完成すれば日本で最も高い高さ390メートルの超高層ビルが、12年後の完成を目指してJR東京駅の近くに建設されることになりました。開発を手がける不動産会社は海外から金融機関などを誘致し国際的な金融拠点にしたいとしています。

これは、不動産大手の三菱地所が記者会見して明らかにしたものです。
それによりますとJR東京駅の八重洲口の北側にある3.1ヘクタールの敷地を再開発して、新たに3棟のビルを建設します。
このうち最も高いビルは地上61階、地下5階で高さ390メートルと、大阪市にある「あべのハルカス」の300メートルを大きく上回って、日本で最も高いビルになります。
ビルにはこの周辺で最大規模の商業施設やオフィスが入るほか、敷地には大規模なイベントを開催できる7000平方メートルの広場も整備する計画です。
今回、再開発される区域の周辺には、日本銀行を始め国内の主要な金融機関の本社機能が集積していますが、三菱地所ではさらに海外から金融機関などを誘致し国際的な金融拠点にしたいとしています。一方、大規模な災害時には、帰宅困難者3300人を受け入れることができるスペースを確保し、広場は復旧活動の拠点として活用するということです。全体の完成は12年後の平成39年度を目指していて、総事業費は土地の評価額も含めると「計算上は1兆円を超えるプロジェクトになる見通し」だとしています。
三菱地所の杉山博孝社長は「世界で都市間競争が激しくなるなかで、世界に負けない東京の新たなシンボルにすると同時に、国際性を高めて世界から選ばれるまちにしたい」と述べました。

三菱地所によりますと、日本で最も高いビルが建設される土地は、敷地内に建てられる建物の大きさを示す容積率は、もとは1300%でした。そこで、公共施設などを整備することを条件にビルの容積率を緩和する東京都の特区の制度を利用して、敷地の北側にある川沿いの土地に公園を整備することで、3年前に容積率が1510%に緩和されたということです。
さらに、敷地内に都の下水ポンプ場など公共の都市インフラの整備を進めることで、さらに250%多い1760%になるように申請しています。およそ1.4倍の容積率にすることで、高さ390メートルという超高層ビルの建設が可能になったのです。
東京都心では5年後の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、不動産会社などによる再開発競争が激しくなっています。

JR山手線の新駅が建設される品川駅と田町駅の間では、JR東日本が東京ドーム3個分ほどの土地を再開発する予定です。海外の企業も進出しやすい国際的なビジネス拠点づくりの計画が進められています。

東京メトロ、日比谷線の新しい駅が出来る予定の虎ノ門地区では、去年6月、地上52階建ての超高層ビル「虎ノ門ヒルズ」がオープンしたほか、2020年にかけて超高層ビルやホテルなど6棟の建設が予定されています。

若者文化の発信地として発展してきた渋谷の街も再開発が進んでいます。渋谷駅とその周辺では4つのエリアごとに大規模な再開発が進められていて、2027年までに9つのビルが建設される予定です。

日本有数の商業地、銀座でも閉店したデパートの跡地を含むエリアで再開発が始まっているほか、数寄屋橋交差点のビル跡地でも地上11階、地下5階建ての大型商業施設が建設中です。

江戸時代からの商業や文化の中心地、日本橋でも開発が進んでいます。日本橋の室町東地区では、去年、「COREDO室町」の名称で展開する3つのビルが相次いで完成しました。深夜まで営業する飲食店や映画館なども併設され再開発を手がける不動産会社は、商業や文化の中心地だった江戸時代のにぎわいを取り戻したい考えです。

ノロウイルスが変異 免疫持たず大流行のおそれ

高齢者や乳幼児を中心に激しいおう吐や下痢を引き起こすノロウイルスが変異し、ヒトが免疫を持たない新たなウイルスとなって、ことし初めから国内で感染を広げていたことが分かりました。ノロウイルスの本格的な流行は秋以降で、国立感染症研究所は、秋以降も新たなウイルスが主流となった場合には、例年にない大きな流行になるおそれがあるとして、全国の地方衛生研究所にウイルスの分析を徹底するよう求めました。

これは、川崎市健康安全研究所と国立感染症研究所などのグループが行った調査で分かったものです。
激しいおう吐や下痢を引き起こすノロウイルスには、ヒトに感染する遺伝子の型が31種類ありますが、遺伝子型の判別が可能になった平成16年以降、国内でも海外でも「G※2・4」という型が流行の主流を占めてきました。
ところが、研究グループが去年10月からの半年間、国内の患者から検出されたウイルス2000株以上を調べたところ、ことしに入って、「G※2・17」という型が急激に増え、2月以降は、すべてこの型になっていました。
さらにこの「G※2・17」の遺伝子を詳しく解析したところ、ヒトへの感染のしやすさに関わる部分が変異し、ヒトが免疫を持っていない新たなウイルスになっていたということです。

ウイルスは、変異によって新たなタイプが出てくると、ヒトがそれまでに獲得した免疫が役に立たなくなるため、感染する人が増え大きな流行になるおそれがあります。
患者数の統計が始まった平成11年以降、ノロウイルスを含む「感染性胃腸炎」が最も大きな流行になったのは、9年前、平成18年です。このときは、これまで流行してきた「G※2・4」型のノロウイルスの遺伝子が変異し、ヒトが免疫を持たない新たなウイルスとして感染を広げました。
そして、例年より1か月早い10月ごろから患者が急速に増えはじめ、全国およそ3000の小児科の医療機関から報告される「感染性胃腸炎」の患者は、10月からの3か月間の累積で1医療機関当たり166.8人と、前の年の同じ時期の1.6倍に上りました。
国立感染症研究所は、9月から12月上旬までの3か月余りで、子どもを中心に患者は303万9000人に上ったと推計しています。
また、当時のNHKの調査では、10月から12月までに少なくとも2405件に上る集団発生が起きていました。このうち東京・池袋のホテルでは利用客など400人を超える集団感染が発生。客がじゅうたんの上に吐いたおう吐物から感染が広がったとみられています。
また、集団発生が起きた場所は、高齢者施設が半数以上を占め、次いで医療機関、保育所・幼稚園と、抵抗力の弱い人たちが集まる施設での集団発生が相次いでいました。
国立感染症研究所は、ことしの秋以降、新たな「G※2・17」型が流行の主流を占めた場合、平成18年の時のような大流行になるおそれがあるとして、ウイルスの検出を行う全国の地方衛生研究所に遺伝子の分析を徹底し、注意喚起につなげるよう求めました。
国立感染症研究所の片山和彦室長は「新たなウイルスが秋以降も流行の主流になった場合には、平成18年のときと同じような大流行につながりかねない。どの程度検出されるか監視し、警戒する必要がある」と指摘しています。

※ウイルスの型の「2」はローマ数字

ノロウイルスは、おう吐や下痢などの胃腸炎を起こすウイルスで、食中毒の原因にもなり、毎年秋から冬にかけて本格的な流行を繰り返します。
ワクチンや特別な薬はないため、治療は、おう吐や下痢によって脱水症状を起こさないよう水分を補給する対症療法が中心となります。
通常は数日間で自然に回復しますが、乳幼児や高齢者の場合、脱水症状を起こし、入院による点滴などが必要になったり、吐いたものをのどに詰まらせ窒息で死亡したりすることもあり注意が必要です。
また、ノロウイルスは感染力が非常に強いのが特徴で、100個程度あると感染し、腸の中で増殖して症状を引き起こします。
患者のおう吐物や便などウイルスで汚染された物に触った手などを介して口から感染するため、抵抗力の落ちた高齢者が多い施設や病院、それに保育園や幼稚園では集団感染に注意が必要です。
ノロウイルスは、アルコールによる消毒では十分な効果がないため、患者のおう吐物や便を処理する時には、マスクや手袋をして次亜塩素酸ナトリウムを含む市販の漂白剤などを使って消毒する必要があります。
また、症状が出ない人もいるため、飲食店などで食中毒を防ぐには、調理や配膳の際に流水と石けんによる手洗いを徹底したり使い捨ての手袋を使ったりすることなどが重要です。

全日空61便ハイジャック事件

1999年(平成11年)7月23日午前11時23分、羽田空港発新千歳空港行きの全日本空輸61便(B747-400D)は乗員14人+乗客503人の計517人を乗せて羽田空港を離陸した。離陸直後、搭乗していた男(当時28歳)が大声を上げながら立ち上がり、客室乗務員に包丁を突きつけ、コクピットへ行くよう指示。11時25分、機長より地上管制に「ハイジャック発生」の緊急通報が発せられた。男はコクピットへ侵入した後、横須賀への飛行を指示し、機長らは指示に従い南西方向へ変針した。61便は木更津上空を通過して横須賀方面へ飛行し、男は続けて伊豆大島方面への飛行を指示した。

午前11時38分、男は副操縦士らをコクピットの外へ追い出して扉を閉め、機長と2人でコクピット内に留まった。11時45分には対策本部が設置された。

午前11時47分、61便は横須賀東方付近の上空に到達。三浦半島上空を通過して相模湾上空に入る。男は一旦大島方向に南下するコースを指示したあと、目的地を横田基地へと変更して変針するよう指示すると共に、機長に対して自分に操縦を行わせるように要求した(なお、男は針路変更等の指示において専門用語を用いていた[1])。機長は要求に対して男をなだめようと試みたが、11時55分[2]、男は機長を包丁で刺した後、自ら機体を操縦しようと試み、操縦席に座って実際に操縦行為を始めた。61便は北に変針して神奈川県上空を降下しながら北上、横田基地付近で急旋回して南下を始めると共に急降下するなど迷走飛行を行う。急速に高度を下げたことから地上接近の警告音が鳴り、危険を感じた副操縦士と、千歳出発便の乗務のためデッドヘッド(非番)で乗り合わせていた機長(2006年に定年前退職)、それに乗客からの協力者数名が隙を突いてコックピットに突入。包丁を抱えた犯人を取り押さえて座席に拘束し、機長と副操縦士が機体のコントロールを奪還した。機体を急ぎ上昇させて高度を確保した。

12時3分、副操縦士より犯人を取り押さえた旨と機長が刺傷されたことを伝える連絡が入る。副操縦士の操縦により61便は羽田へ引き返し12時14分に緊急着陸した。男は警察に引き渡されて逮捕されたが、機長は乗客として搭乗していた医師により機内で死亡が確認された。犯人が取り押さえられる寸前には機体は2分間に500m以上も高度を下げ、最も低くなった時には、高度300mという超低空飛行状態であった。仮に以降もそのまま降下を続けていれば八王子市南部の住宅街に墜落したと推測されており、その場合は、乗員乗客だけでなく、多数の市民も巻き込んだ大惨事になる可能性があった。

事件当日、羽田からJAL機で大阪伊丹間を1往復し、復路到着後の61便への乗り継ぎ搭乗時に男自身が指摘した通り(→#犯人)、手荷物検査をやり過ごして凶器(刃物)を機内に持ち込むことに成功し、犯行に及んだと推定されている。

犯行の際に購入した航空券は有効期限内であれば予約変更が自由である普通(ノーマル)運賃であり、旅行代理店窓口で手配が行われた。凶器を持ち込むために利用した羽田発伊丹行の予約では当時地下鉄サリン事件で特別手配中だった高橋克也と同名の「タカハシ・カツヤ」の偽名を使用した。羽田発新千歳行には当時広島東洋カープの投手であった佐々岡真司の名を騙った。不審に思った従業員が購入時の電話番号に連絡すると、カープの球団事務所へ繋がったという[3]。なお、本来は事件発生前日の7月22日に北海道へ1人旅に出かけると親や精神科医に偽って決行する所を、その前日までに父親が複数枚の航空券を、母親が凶器などが入ったバッグを自宅内で発見したことによって犯人の目論みが狂い、1日遅れの凶行となっている。

犯行前日(当初の決行日)に羽田空港のカウンターで61便よりも出発時間が10分早い羽田発那覇行のANA083便に空席がある事が判り、同便の搭乗券も購入したが、乗り継ぎ時の工作に手間取って乗り遅れたため、61便への搭乗となった。これとは別に、ANA851便(羽田発函館行)の航空券も購入し、犯行当日に61便とは別にチェックインを行ったことが判明している。
逮捕された男は、フライトシミュレーターのパソコンゲームを趣味とする旅客機マニアであり、ハイジャックにおける操縦中には、操縦室内の機器などを専門用語で呼んでいた。

事件の1カ月前に羽田空港(現:第1ターミナルビル)の構造図により、制限区域(手荷物検査場のチェックを経たゲートラウンジ(出発口)・到着ロビー)内で、羽田到着便から別の出発便へ乗り換える際の手荷物・所持品検査に関わる警備上の欠陥を発見した。

実際に熊本行きの搭乗券を購入し、乗客として制限区域内で欠陥点を確認し、それを指摘する文書を当時の運輸省・全日空・日本空港ビルデング・運輸省航空局東京空港事務所・東京空港警察署ら関係箇所と大手新聞社など6カ所に宛てて送付した。関係箇所に対しては併せて自身を警備員として採用するように求めたが、空港側から1回返答の電話があっただけで、採用は断られて提言も無視された(→#空港警備上の対応)。

事件発生後の報道によれば、男は東京都出身で、武蔵中学・高等学校を経て、一浪して一橋大学商学部に入学したという。もともと鉄道マニアで鉄道研究会に所属するが、学園祭での提案が流れてからは、航空へと興味が傾き、羽田で航空貨物の荷役(グランドハンドリング関係)のアルバイトを経験する。1994年(平成6年)3月に卒業し、第1志望の職種(航空会社)ではない大手鉄道会社に総合職で入社した。しかし、広島や大阪での単身赴任生活や仕事上のミスなど心身的な不安が募り、1996年(平成8年)秋に無断欠勤を起こしそのまま失踪状態に陥った。

その後、都内の実家に戻るが引きこもり生活となる。1998年(平成10年)春頃から家族の勧めもあって複数の精神科クリニックを受診し、統合失調症や心因反応と診断され[5]、抗鬱剤SSRIやSNRIが大量に処方されていた。その内容は、プロザック13週間分、パキシル15週間分、エフェクソール(2010年時点で日本未承認のSNRI)9週間分、ルボックス2週間分の他、ランドセン(抗てんかん薬)10週間分であった。その後、服薬などの方法で自殺未遂を繰り返したことから同年秋に家族が警察署に相談し、警察の職権[6]で約2カ月間の措置入院(精神保健福祉法29条による入院)がなされることとなる。退院後も大量の抗精神病薬の投与を受けていたとされている。

犯行の動機について「宙返りやダッチロールをしてみたかった」「レインボーブリッジの下をくぐってみたかった」などと述べた上で、「機長が言うことを聞かないので頭にきて刺した」と供述している。他にも「機長の心に向かって、疲れていませんかと問い掛けたら、疲れている、と答えたため楽にしてあげようと思い刺した」など言動が支離滅裂であったとされている。

東京地方検察庁は精神鑑定を実施後、1999年(平成11年)12月20日に初公判となり、ハイジャック防止法違反(航空機強取等致死)と殺人罪、銃刀法違反の罪に問われ、2005年(平成17年)3月23日、東京地方裁判所(安井久治裁判長)は男に対し、無期懲役の判決を言い渡し、控訴せず一審で確定した(東京地方裁判所平成17年3月23日判決・判例タイムズ1182号129頁)。判決では、「抗鬱剤」による「心神耗弱」は認められたが、「刑事責任能力」は否定されなかった。

精神鑑定は2度行われており、1度目はアスペルガー障害、2度目は抗鬱剤による影響と鑑定が出されている

スプラトゥーン甲子園

任天堂は、Wii U用対戦アクション「Splatoon(スプラトゥーン)」において、全国大会「スプラトゥーン甲子園」の詳細を発表した。

これは8月19日に行なわれた「闘会議新プロジェクト発表会」にて発表されたもの。「スプラトゥーン甲子園」は地区大会、全国大会が予定されており、全国8都市で開催される地区大会での優勝チームは、2016年1月30日、31日開催予定の「闘会議2016」での全国大会への出場権を獲得できる。参加は4名1組で、年齢不問。

 地区大会のルールはナワバリバトルで、あらかじめ設定された5つのステージから抽選で1ステージが選出される。ブキは使用できるすべてのものから選択可能。ギアはスクールセット(初期状態)で統一となる。地区大会は9月13日の九州大会より開始となる。

 またあわせて、「スプラトゥーン甲子園」で使用される移動式対戦ブース「イカス号」のビジュアルも公開された。

■ 地区大会ルール

・対戦モード

ナワバリバトル 1試合(準決勝・決勝は2試合先取)

・ステージ

デカライン高架下、シオノメ油田、Bバスパーク、ハコフグ倉庫、アロワナモールの5ステージから抽選

・ブキ

ステージ決定後、すべてのブキから選択できます(各大会の開催前日に使用できるもの)

・ギア

アタマ:イカパッチン(イカダッシュ速度アップ)

フク:スクールブレザー(インク回復量アップ)

クツ:スクールローファー(インク効率アップ・サブ)

※すべて初期状態

・使用バージョン

各大会開催前日の最新バージョンの「Splatoon」を使用

【大会スケジュール】

【イカス号】

「筋肉かき氷」

毎月第3日曜日に伊万里玉屋駐車場で開かれている「伊万里にぎわいマルシェ」に21日、新名物となりそうな「筋肉かき氷」が登場した。鍛え上げたボディーの男性がハイテンションで手動氷かき器を回し、会場を盛り上げた。

出店したのは30歳代中心のグループ「GOLD U-35」。メンバーの一人で、筋肉と体格の美を競う競技「フィジーク」に取り組む大久保徳之さん(32)=伊万里市=が、筋肉を誇示しながらかき氷を作った。メニューはイチゴなどの定番に加え、大久保さんこだわりの「プロテインチョコ味」も。注文した客から「なかなかいける。練乳をかけてもうまい」と好評だった。

昨年5月に始まったマルシェは1年を経て、すっかり定着。野菜や軽食、アクセサリーから「メイドさんの店」までバラエティーに富む25~30店が出店し、にぎわう。「GOLD U-35」のリーダー森永一紀さん(33)は「このまちには面白い大人たちがいる。それをアピールして伊万里を盛り上げていきたい」と語った。
タグ:筋肉 かき氷

ワタミ税引き後赤字15億…居酒屋の客離れ響く

居酒屋大手のワタミが11日発表した2015年4~6月期連結決算は、売上高が前年同期比12・5%減の345億円、税引き後利益が15億円の赤字(前年同期は9億円の赤字)となった。

この期の税引き後赤字は2年連続で、主力である「和民」など居酒屋事業での客離れが響いた。

ワタミは、不採算の居酒屋85店舗を16年3月までに閉めるなどの合理化を進めている。このため、16年3月期の連結業績予想は、税引き後利益で10億円の黒字を確保すると見込んだ。

ブラック企業はどんどんつぶれましょう!
でも飲食はなかなか難しいです。

吉本新喜劇・花紀京さんが、肺炎のため大阪市内の病院で亡くなる。

座長を務めた吉本新喜劇などで活躍した喜劇俳優の花紀京さん(はなき・きょう=本名・石田京三)が、肺炎のため大阪市内の病院で亡くなったことが6日、分かった。78歳だった。所属の吉本興業が発表したもので同日、通夜が大阪市内の斎場でしめやかに営まれた。現在の新喜劇は小籔千豊(41)など、多くの若手が活躍の場を得ているが、その裏には花紀さんの“勇気ある退団”があったという。

花紀さんは2002年8月に脳腫瘍の摘出、03年5月には自宅で入浴中に低酸素脳症で倒れて入院・療養生活に入っていた。3日ほど前に呼吸が荒くなり、5日に体調が急変。そのまま帰らぬ人となった。最期は妻がみとったという。

遺族の意向で家族葬となったが、通夜には多くの芸人が参列した。新喜劇の現座長である内場勝則(54)、辻本茂雄(50)、川畑泰史(48)、すっちー(43)や、新喜劇座員のチャーリー浜(72)、間寛平(66)、池乃めだか(72)、未知やすえ(52)ら約100人が花紀さんに最後の別れを告げた。

花紀さんの弟子だった寛平は「すっごい味のある誰もできないような芝居をする。足元にも及ばないですね。もう1回、兄さんの芝居が見たかったですね」としのんだ。

花紀さんは芸だけでなく、普段の生活態度にも厳しかった。「すっごい怖かった。なんか分からんけど、よう怒られた」(寛平)

安易なギャグではなく、ストーリーに沿った演技力で笑いを取る役者だったという花紀さん。寛平は「新喜劇の芝居は味と間やで」とアドバイスももらっていたそうで、「今日の顔は倒れたときと変わらない顔でした」と寂しそうに語った。

落語家・桂文枝(72)は「『また仕事しよな』と言われたときの笑顔が忘れられない。残念です」と肩を落とした。また花紀さんの付き人だった内場は「今までの歴史を潰さないように頑張りたい」と、新喜劇の基礎を作った偉大な先輩にさらなる発展を誓った。
若手の活躍が目立つ最近の新喜劇だが、これは花紀さんの“英断”のおかげだという。お笑い関係者は「かつて隆盛を誇った新喜劇も徐々に人気が落ちてきて、1980年代後半に再編を迫られることになった。それが具体化したのが、89年の『新喜劇やめよッカナ?キャンペーン』。花紀さんや故岡八朗さんなど、当時新喜劇の中心だった役者がこのキャンペーンを機に退団したんです」と明かす。

もちろん主役を張っていた花紀さんだけに、退団を決意するにはいろいろな葛藤があった。

「それでも最後に決めたのは『これで若手が育つなら』という思い。自分たちが残ると若手が伸びなくなる、と理解して身を引いたんです」(同)

“永遠のマンネリ”と呼ばれ、何十年も変わらないネタもありながら、一方でニュースターも誕生している新喜劇の独自性も花紀さんの退団が一助になっているのだ。



偉大な喜劇役者の冥福を祈りします。

笑点「新司会者就任」「メンバー増員」の大バクチ

放送50年目という長寿と、時に20%以上も稼ぐ高視聴率でテレビ業界からは「お化け番組」ともいわれている日本テレビ系「笑点」(日曜午後5時30分)で、超サプライズのリニューアルプランが進行中との情報をキャッチした。日テレは5日、司会の桂歌丸(78)の復帰を発表したが、近く歌丸が勇退し、新司会者が就任する。さらには、なんと現在6人の大喜利メンバーに、新たな顔を参入させるというから驚きだ。この大バクチは吉と出るか、それとも――。

 日テレは5日、体調不良で休養していた歌丸が、「笑点」に8日の収録(9月13日放送)から復帰すると発表した。

 歌丸は6月に背部褥瘡(じょくそう=床ずれ)の手術後、体力が低下したため、7月11日まで入院し、仕事の再開を「体調と相談しながら決めたい」としていた。復帰はめでたいことに違いないが、水面下では放送開始50年を機に大幅リニューアルに着手する計画がある。

 買い物やレジャーで外出している人たちが多い日曜日の夕方放送にもかかわらず、時として20%超えの視聴率を叩き出すこともあることから業界的には「お化け番組」と言われ続けてきた。とはいうものの、中心人物の歌丸が体調を崩し「病欠」することも珍しくない。その都度、メンバーが順番で代役を務めているのは、ご存じの通り。そんな理由から、歌丸に代わる新司会者の人選は、懸案事項だった。

「歌丸師匠はなんたって78歳ですよ。インフルエンザにかかったり、慢性閉塞性肺疾患を患ったり、肋骨を折ったり…。腰部脊柱管狭窄症に腹膜炎など、何度も手術をして危険な状態に陥っているんです。せめて『笑点』の後継司会者が決まれば、歌丸師匠もホッとするはずなんですが…。司会はまさに命を削っているに等しいんですよ」(落語関係者)

 新たな司会者には、落語界以外からお笑い界の大御所をはじめ大物俳優や大物司会者まで数人がピックアップされ、一部では水面下で交渉していたともいうが、紆余曲折を経て、メンバーからの昇格に落ち着いたと言われている。

「確かに番組をさかのぼってみると、前田武彦さんや三波伸介さんなど落語家でない司会者がいた。でも、現メンバーが結束してやはり落語家の司会者がいいと、日テレの“外部招聘案”に反対したんですよ」と話すのは舞台裏に詳しい事情通だ。

 お互い付き合いの長い笑点メンバーとはいえ、それぞれ所属する協会が異なったり、一門の派閥があったりと、簡単にはまとまれないはずが「日テレの招聘案を知って、奇跡的に一つにまとまったんです。その結果、新司会者は歌丸さんの前任者だった三遊亭円楽の名跡を継いだ円楽さんでまとまった。(歌丸を除いて)最高齢の木久扇師匠は、いずれ息子の木久蔵を笑点メンバーにすることで納得したようで」(前出の事情通)。

 だが、こんな笑点メンバーの動きに対して、日テレサイドもただ指をくわえて見ていたわけではなかった。

「司会・円楽プランを受け入れる妥協案として、メンバーの増員を提案したんです。これまでの6人から7人に増員するサプライズ案ですよ」(番組関係者)

 そして、新メンバーとして名前が浮上しているのが、立川流の立川志の輔(61)だという。

「今は亡き談志師匠もかつて『笑点』の司会をしていた。立川一門からメンバーが入ったとしても実は何の不思議もないんです。おまけに、日テレの現専務のK氏と志の輔師匠とは富山県の同郷で仲もいいんです。マンネリ化しつつある笑点メンバーに気合を入れる意味もあるようです」(日テレ関係者)

「笑点」の新司会は三遊亭円楽(65)、新メンバーは志の輔…。かなり大幅に様変わりしそうだが、高齢者が多いとも言われる視聴者はスンナリ受け入れてくれるか? 50年目の笑点からますます目が離せない。

小さいときからずっとみてますが
これはどうなるんでしょうね?笑

楽しみですね!

GK権田がオーバートレ症候群

J1のF東京は5日、日本代表GK権田修一がオーバートレーニング症候群と診断されたと発表した。
現在は自宅で静養しており、クラブによると復帰時期は未定だという。


権田は7月29日の仙台戦後にコンディション不良を訴え、チーム医師の診断を受けた。
中国で開催中の東アジア・カップの代表メンバーにも選ばれていたが、参加を辞退していた。

また、MF石川直宏が左膝の前十字靱帯(じんたい)断裂と診断された。ドイツに遠征して2日に行われたフランクフルト戦で負傷した。近く、靱帯再建手術を受ける予定だが、全治8カ月で今季中の復帰は絶望となった。


御嶽山不明者捜索 岩陰から1人の遺体発見

長野県と岐阜県にまたがる御嶽山の行方不明者の再捜索で、1人の遺体が見つかった。

遺体が見つかったのは、御嶽山の山頂付近一ノ池周辺。31日正午過ぎ、岐阜県の捜索隊が金属探知機の反応をみて周辺を掘ったところ、リュックサックを背負った状態でしゃがんだような姿勢で大きな岩の影から見つかったという。遺体の性別や年齢など詳しいことはわかっていない。

去年9月の御嶽山の噴火では57人が死亡し、6人が行方不明となっていた。29日の捜索再開から活動2日目での発見となった。.
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